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 日本でも「スタートアップ」という言葉がよく聞かれるようになったが、アメリカでは、新しい商品やサービスを生み出して、人びとの暮らしと社会を変えるようなイノベーションを目指す起業家たちのことだ。ABBALabは2013年の設立以来、「IoT」(アイ・オー・ティー、Internet of things)と呼ばれる「インターネット」と「モノ」を融合する分野でスタートアップに資金や設備を提供してきた。
 同社は2014年、インターネット上で動画の配信や通信販売を手がけるDMM.comや、インターネット家電の製造販売を手がけるCEREVOと組んで、スタートアップを販売と製造の面から支えるプロジェクト「DMM.make」を立ち上げた。
 スタートアップは意思決定のスピードが速く、計画の見直しなどの素早い判断が求められる開発段階で強みを発揮する。その一方で、生産段階に必要な、量産化の技術や販売網の開拓といった分野では経験が乏しい。ABBALabの小笠原治代表取締役は、同社の起業支援システムに家電製造やネット通販のノウハウを加えることで、スタートアップが目指すものづくりを支えたいと考えた。
 KAIKAプロジェクトでは「企業における創造的な取り組みが、イノベーションの源泉となる」という仮説のもとに、企業の知的・創造的な活動とそのマネジメントについて研究を続けている。日本の企業に求められる、新しいものづくりについてうかがう。
Q:小笠原さんは「モノ」と「インターネット」を組み合わせた「IoT」(Internet of things)が促す“モノ”から“モノゴト(サービス)”への進化に注目されています。また、ご自身も委員を務める経済産業省の「新ものづくり研究会」は、3Dプリンターがものづくりの可能性を広げると報告しています。

小笠原 3Dプリンターは、2009年と2014年に重要な特許が期限切れになったことで、1台数百万円だった価格が10万円を切るような機種まで出てきました。ものづくりの現場に高性能の3Dプリンターが広まっていけば、新製品の試作にかかるコストや時間の削減から現在の数倍〜10倍程度取りくめるようになるでしょう。そうなれば、失敗を恐れずに開発に取り組むことができるようになり、ものづくりのハードルは低くなります。
 とはいえ、ただ「儲かるような何かをつくろうよ」とだけいっても意味がなく、何をつくるかというテーマが必要になります。私はそのテーマとして、「機械の操作を不要にして、生活をより快適に変える」という“モノゴトづくり”に期待しています。
 モノゴトのコトとは、モノの機能によって生まれる、うれしい“コト”です。エアコンに例えると、私たちはいま、室温が下がって、ちょっと寒くなってきたなと感じると、リモコンのスイッチを押して設定温度を上げていますよね。もしも自分の部屋のエアコンが外気温・室温・湿度・脈波・体感温度などからその人の好みをいまここにあるエアコンに伝えて自動で温度を上げてくれれば便利ですよね。人間は何もしないどころか、設定温度が変わったことさえ気づかないかもしれません。このように、IoTが生み出すイノベーションは、エアコンという“モノ”を売るだけではなく、エアコンを使って快適に暮らす“コト”を提供するのです。

Q:アメリカでは、2010年に100億円程度だったハードウェア・スタートアップへの投資額が、2014年には4,000億円に増えたと言われています。ロボット掃除機「ルンバ」をつくったアイロボット社や行動センシングのfitbitのように、多くの成功事例が見られます。

小笠原 日本の企業は、まだ見たことがないモノやサービスに対して、ワクワクするというよりも、市場価値を疑ってしまうようです。
 しかし、2015年の後半を境に、インターネット業界の人がものづくりにかかわりはじめたり、ものづくりに携わる人がインターネットを活用したビジネスモデルを考えはじめたりという動きが多く見られるようになりました。
 私たちは「DMM.make」の理想を形にするために、東京の秋葉原に「DMM.make AKIBA」を開業しました。ここは試作品を作るために必要な工作機械や検査設備が揃っている、会員制のレンタル工房です。24時間、いつでも自由に使うことができますし、数百台規模の小ロット品であれば製造から出荷までここで完結できます。会員は数百人に増えて、いま、新しい価値を生み出すものづくりは、注目を集めていると感じています。

Q:DMM.make AKIBAには大企業からも視察が来るそうですが、小笠原さんは資金面からイノベーションを支えるアクセラレータ(推進役)の立場から、既存のメーカーとスタートアップとの関係をどのようにとらえていますか。

小笠原 メーカーとスタートアップがお互いの強みを活かして、1つのテーマに取り組んでほしいと考えています。
 例えばパナソニックさんが5,000人のために製品をつくることは難しいですよね。ところがスタートアップは、その5,000人のための製品を企画したり、つくったりすることができるのです。むしろ、彼らが求めるクオリティやデザインセンスを維持するためには、小ロットの生産のほうが向いている場合もあります。
 その一方で、スタートアップにとっては、試作品の機能や品質を守りながら大量生産を進めて、流通に載せるノウハウが弱みとなります。ここを強みとするのは、既存の大手メーカーです。
 一般的に、大企業は大胆な発想でイノベーションに取り組むことが苦手というイメージがあります。しかし、ソニーが携帯型の音楽プレイヤー「ウォークマン」を生み出したように、大手メーカーも、草創期には人びとの暮らしを変えるようなイノベーションを起こして会社を大きくしたのです。
 DMM.make AKIBAには、大企業の経営者が“プライベート”で来られます。とくにメーカーの方は、工房をご覧になると、かなりテンションが上がるようです。こうしたトップの“想い”をスタートアップとのコラボレーションや支援につなげたいですね。

Q:スタートアップと大企業では発展の段階が違うために、経営方針や組織の形に隔たりがあります。イノベータを発掘し、大企業とのコラボレーションをうながすABBALabは、どのように運営されているのでしょうか。

小笠原 組織はイノベーションという目標に向かって高いモチベーションを持って動いている「成長期」と、雇用と商品の生産を続けることを目的とする「安定期」に分かれます。成長期から安定期に移るときには、経営者が意識して組織をつくりなおさなければなりません。社員の意識が自然に変わっていくのを待っていても、良い変化は起こりません。
 成長期の経営者は、よい製品をつくるだけではなく、会社の存在や将来性をアピールしなければなりません。ときには未来の収益に対しての期待値を得るために、大げさと思われるほど自己アピールをすることも必要で、経営者の意識は社外に向きます。
 その一方で、会社が成長期から安定期に移ると、創業のころと比べて社員のモチベーションは変わります。イノベーションの実現といった華々しい成果ではなく、品質保証やサポートといった重要だが地味な作業が中心になり、業務は細かく分かれ、全体を管理するためには、組織も細分化しなければなりません。経営者には人事や調整といった、内向きの経営感覚が求められます。
 イノベーションは安定した環境からは生まれないもので、成長期に組織やメンバーを固定することはできません。例えば私たちABBALabには、○○部や○○課といった固定された部署はなく、取り組むテーマによって予算と期日を決めてチームをつくり、メンバーを集めます。一般的な組織でいえば、事業ごとに必要なメンバーを集める「プロジェクトチーム」に似ています。しかし、事業を長く続けることを考えると、メンバーの雇用や人事制度を安定した形に変えなければなりません。
 私が新しい事業を始めるときは、誰かに引き継ぐことを念頭において準備を進めます。例えばDMM.makeは、立ち上げ時には必要な人材を私たちが雇い、チームを組みました。しかし運営の段階に移った時点で、メンバーはDMMに転籍して、運営組織をつくりました。

Q:資金援助の方法としては、インターネットで個人の募金を集める「クラウドファンディング」があります。アメリカでは、クーラーボックスに無線接続のスピーカーやスマートフォンの充電機能を加えた製品の開発計画が13億円を集めました。

小笠原 海外事例を見ると、クラウドファンディングは募金した人数の約10〜20倍の需要があるといわれています。500人が募金すれば、5,000個が売れるという計算になり、スタートアップもここまでくれば、立派なメーカーです。
 いまDMM.make AKIBAでは、「イクシー」というスタートアップが、筋肉の電気信号によって動く筋電義手をつくっています。この義手は、動きをスマートフォンで制御することでモーターの数を減らし、さらに3Dプリンターで部品をつくることで、原価を$300程度に抑えました。いま流通している従来品は150万以上します。
 これだけでも十分にすばらしいイノベーションなのですが、クラウドファンディングの達成後、さらに彼らは、この義手の改良バージョンの製造法を公開することで、誰でもこの義手をつくれるようにしたのです。するとヨーロッパでは、このデータをアレンジして、子供用の義手をつくる人が現われました。
 スタートアップが生産まで行おうとすれば、その数には限界があります。一方、製造法を公開すると、考えもつかなかったアイデアが集まり、より多くの人の生活の質を高めることができます。これはクラウドファンディングが、まさに世界を変えた好事例といえます。

Q:スタートアップが起こしたイノベーションを、広く社会に行き渡らせるには、生産の段階が重要だということがわかりました。その一方で、出口だけでなく、入口での支援も重要です。

小笠原 多くの場合、スタートアップへの投資は、製品化のめどがついた計画が選ばれるのですが、私たちABBALabが進めている「スタートアップ支援プログラム」は、これから試作品をつくろうとしている初期段階に投資します。支援先を選ぶ基準は、なにをセンシングして、どんなネットワーク構成で、どのような分析・解析・予測などの処理をして、価値のあるフィードバックを返せていて、それは対価が貰えるものなのかなど9つのポイントを見て、おもしろいと思った点が3つ程度あれば合格です。
 とはいえ、試作の段階ではおもしろいと思ったアイデアが、量産に向けて改良を加えたとたんに従来の製品と差がなくなってしまってガッカリ、という例は少なくありません。成功するスタートアップはみな、いままで誰も気づかなかった機能やデザインを生み出す、独自のセンスを持っています。このセンスを量産段階まで残せるかどうかが、投資を決めるポイントです。
 イノベーションを生み出すものは、技術だけではありません。例えばインターネット系の企業とものづくりのメーカーが組んで、新しいイノベーションを起こすこともあり得ます。新しい課金モデルに強い会社と組んで新サービスを生むこともあるでしょう。その意味で、大手の企業は、会社の外で起こっている変化を進んで取り込み、スタートアップと一緒に大きなイノベーションを起こしてほしいと思います。