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Ecole Polytechnique Department of Economics。東京大学理学部数学科、エコール・ポリテクニーク卒業。シカゴ大学経済学部博士号取得後、2008年にフランス、エコール・ポリテクニーク助教授、のち准教授。
研究で取り組んでいることについて教えてください

ゲーム理論を用いて、個人の合理性から集団の決断の質がどう決まるかという研究をしています。たとえば社会で物事を決めるとき、一つの決定が世の中の多くの決定に影響します。どのように集団の決定をしていくかは個人にとっても重要な問題です。

コンドルセの陪審定理というものがあります。これは1785年、フランス革命より前に、一人の決定より集団の決定の方が正しい判断に収束するということを、数理的に証明したものです。陪審員がグループで決定していくときにn人で決断する。そのnが変化したときに、どうなるか。n=1は裁判官で、n=多数は住民投票と捉えられますが、nを大きくすれば正しい判決に収束すると証明されました。いわゆる大数の法則の一例です。これは社会科学的な命題の証明に数学を用いたという意味で、民主主義に数学の基礎付けを与えたという意義ある定理です。

20世紀後半から、ゲーム理論は経済学に大きな影響を及ぼしています。もちろん単純ではない問題も出てきます。たとえば陪審員の数が多くなったときの「ただのり」現象や、コストの問題も考えられます。現在の民主主義においては、議員制民主主義という形でそこを担保しようとしているのが大半だと思います。

一方、私自身の研究のなかで、nが多くなると、はじめは効果があがり、その後ゆるやかに下がってくるが、悪くなりすぎることはない、ということを証明したことがあります。(2009年、”A Resurrection of the Condorcet Jury Theorem”(コンドルセの定理の復活))。 これにより、寡頭政治だとしても、必要なときにはできるだけ多めの人数に聞く方が、少なすぎるよりよいと考えることができるのです。

競争はよりよい選択を促しますが、マイノリティが落ちていくという観点もあります。数学的に考えると投票権の場合、社会効用を最大化するためには、最後の1票をマージナルベネフィット(限界効用)が最大であるマイノリティに与えるべきだということになります。たとえば今のEUでは、小国が人口割合よりも多めの票を持っています。その点では欧州は「最大多数の最大幸福」をできるだけ実現しようと考える発想にたっているのだと思います。

社会観点での思考についてお聞かせください

フランスでは大学は無料で、社会が学生に対してお金を払っているという感覚を多くの人が持っています。さらに私の所属するエコール・ポリテクニークの学生は給料ももらっていますから、修了後には社会をよりよくする仕事をしていくという感覚を自然に持っているように感じます。

また、フランスでは本当によく議論をし、社会的には何がよいかという観点で決めていきます。本当の多様性とは、議論してよりよいものを抽出していける、選んでいける寛容さだと思っています。日本企業のなかでもその土壌をはぐくんでいくと、イノベーションにつながる行動が増えるのではないでしょうか。

今、情報コストは極端に下がっている時代で、得た情報から何を組み立てていくかが重要です。フランスでは小さいころから結論のないようなテーマについて自分の意見を組み立てて発表する練習機会が多くあると思っています。自ら考え、組み立てて発信する人が多い集団は、知を行動に活かすことができる強みとなると思っています。