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 塚越会長が入社した1958年当時、伊那食品工業は社員十数名の規模で、経営状態は悪化していた。20歳ながら社長代行という立場。「どうすれば生産性が高まるのか」と問い直すことで、経営の基本的な考え方を固めていった。経営の立て直しに奔走して見事に再建し、それから48期連続の増収増益を達成する。1980年に発売した家庭向け寒天製品の「かんてんぱぱ」シリーズは極力、自社ルートで売ることで、長期成長を実現した独特の経営手法を学ぼうと、多くの大企業が視察に訪れている。
 社是は「いい会社をつくりましょう」。年功序列を維持しつつ、リストラもないという塚越会長のマネジメント・スタイルは「年輪経営」と呼ばれ、2016年3月現在で社員数500人近く、4つの海外工場を稼働するまでに成長した。
 KAIKAプロジェクトでは「個の成長、組織の活性化、組織の社会性」を同時実現するプロセスを追究しているが、同社の方針は「組織の活性化」の実現という点において、多くの示唆を含んでいる。塚越寛会長に、優れた会社の条件と、企業の永続的な発展を可能にする経営方針を伺う。
Q:御社の社是「いい会社をつくりましょう」は、一度聞いたら忘れられない響きのよさとユニークさがあります。これにはどのような想いが込められているのでしょうか。

塚越 「いい会社」というのは、単に業績だけが優れた企業というわけではありません。従業員、取引先、顧客、地域社会など、会社を取り巻くすべての人々にとって「いい会社」であることをめざしています。
 私たちは創立以来、会社のあるべき姿を模索してきました。その結果、企業が「永続」することに価値があり、成長や利益は永続のための手段であるという考えに至ったわけです。会社が存続すれば収入が得られて生活が成り立ち、個々人が求める幸せにつながります。社員一人ひとりの幸せこそ、企業価値であると考えています。
 つまり、社員が幸せになれる会社をつくることが経営目的の第一です。社員たちは、幸福と感じられる環境に身を置くことで安心して仕事に打ち込める。それで業績が上がれば、社会貢献にもつながる。会社経営にどんどん好循環が生まれていきます。

Q:企業活動の目的に「利益追求」や「顧客志向」を掲げる会社は数多くある一方で、“社員の幸せの増大”を第一に掲げる会社は珍しいといえるでしょう。雇用される側にはうれしいことですが、「社員を大事にする」ではなく、さらに一歩踏み込んだ「社員の幸せ」にフォーカスした理由は何でしょうか。

塚越 なぜここまで社員の「幸せ」にこだわるのかというと、人間のいかなる活動も、その目的はすべて「幸せ」にたどり着くという確信があるからです。
 これはトヨタの生産方式である「なぜなぜ分析」を利用しても同じ結果になると思っています。この分析は、一つの事象に対して5回の「なぜ」を繰り返すことで、物事の因果関係や物事の裏に潜む本当の原因をつきとめることができるものです。「会社は成長しなくてはならない」に対しての「なぜ?」の答えは、成長しなくては会社の存続が危ういですし、給料も増えないからです。「給料が増えないといけない」に対しての「なぜ?」の答えは「生活を楽にしたいから」というように、突き詰めていくと、最後は「幸せ」に突き当たるのです。
 「幸せ」の定義は人それぞれです。歌をうたって幸福と感じる人もいれば絵を描いて幸せだと感じる人もいる。手法が多様化しているだけで、幸せを追求する心は全世界共通なのです。

Q:海外に4つの工場を展開する伊那食品工業にとって、グローバル・ビジネスとはどのようなものでしょうか。

塚越 当社は海外に4つの工場を建てましたが、それは会社の成長が目的ではなく、寒天のいい原料を求めた結果、海外に出たというだけのことです。生産拠点を国外へ移して人件費を抑えるなどと考えたわけではありません。
 もともと寒天は国内産の原料で製造していましたが、1960~70年代の高度経済成長期に環境汚染に見舞われました。日本近海は汚染され、寒天の原料である「天草」などの海藻が激減してしまった。そこから、原料を確保するためにチリ、モロッコ、インドネシア、韓国へと手を広げたわけです。
 チリの会社に出資はしましたが、あとはみな現地の資本で運営されています。当社が技術指導し、現地の人に寒天やその原料を製造してもらい、うちが輸入します。伊那食品工業での加工の際は、人を毎年増やして対応しています。それを繰り返していますから、海外工場のほうも順調に発展していきます。

Q:日本では1980年代に「効率の時代から豊かさの時代へ」といわれはじめ、21世紀に入ってますますその価値が高まっているように見えます。業績よりも社員の「幸せ」が大切だという塚越会長にとって、「豊かさ」とはどういうものでしょうか。

塚越 いまだに効率や生産性を高めることが「豊かさ」だと思っている企業も多いのではないかと思います。しかし豊かさとは、本来もっと別のところにあるものです。
 当社は決して派手な業種ではありませんが、毎年少しずつ成長しています。海外旅行も1年おきに社員全員で行きます。どこへ行き何をするかの計画は社員たちが自分で立てられますから、評判がいいのです。たまには仕事のことは忘れて、人生をもっと楽しまなくちゃ。
 働く環境も重視しています。伊那食品工業の本社は、長野県伊那市の緑あふれる3万坪の広大な敷地内に存在します。
 このような環境にしたのは、スウェーデンの会社に初めて営業に行った際の出来事が影響しています。相手企業の方のご厚意で、ホテルのようなゲストハウスに泊めていただいたときの話です。次の日、近くに森林があって、落ち葉を踏みしめながら150メートルほど歩いていくと、古くて素敵な建物に出合いました。歴史的な遺産らしいのですが、大きな林に囲まれた何とも言えない雰囲気があって、そこに「豊かさ」というものを感じたのです。
 生産性や高効率を最重要視していたら、このような会社環境にはなりませんよね。しかし、私は「急がば回れ」だと思っています。効率や生産性は長いスパンで追い求めることが大切で、そのほうが心も豊かになります。

Q:お話を伺っていると、企業価値の考え方が根本的に異なるように思えてきます。これから御社がめざす方向については、どのようにお考えでしょうか。

塚越 私は毎年、新入社員に「みなさんが定年を迎える頃、どんな会社になっていたらいいと思いますか?」と問いかけています。そうすると、社会的に地位が高い、ブランド力がある、高収入が得られるといった希望を口にします。そういう将来に影響する価値で大切なものは企業イメージです。これは「信用」や「ブランド」などにも言い換えられます。そういうよいイメージを育てるには、目先の欲をかいたり効率を求めたりしては成し遂げられません。ブランドをつくりあげるには時間が長くかかるからです。
 ブランドの定義は、平たくいえば「1円もまけずに売れる」ことです。ヨーロッパの企業は、どうしたら高値で売れるかを常に研究しています。イメージを高め、付加価値をつけ、販売方法を考慮し、店舗づくりに力を入れる。価格を高く設定しても売れるものはどういうものかを考えるのです。そうやって思案していくと、ブランドが育ちます。羊羹で有名な虎屋やルイ・ヴィトンのように、1円もまけずに売れることが本当のブランドです。
 ですから、値引きしていない状態でも消費者が「ありがたい」と感じて購入してもらえるくらい価値のある商品をつくれるような企業でありたいと思っています。

Q:社員が幸せになる会社をつくるうえで、リストラという手段は考えないと塚越会長はおっしゃっています。創業以来、年功序列を保ちながらリストラなしで増収増益をつづけられた秘訣は何でしょうか。

塚越 当社では、会社が嫌で離職したという話は聞いたことがありません。もし、社員が勤続できない状態になれば休職を許可していますし、仕事が再開できるようになれば受け入れています。戻ってきたときに困らないように、ポストも用意しています。もちろん、受け入れられるだけの器がなければなりませんから、企業の成長は必要です。効率や生産性を重視していては、実現し得ない優しさや思いやりが会社のなかにはあるべきです。
 そういう考え方を社員に話すと、「うちの企業はまっすぐな経営だから、自分たちも頑張ろう」という意識になります。モチベーションが上がり、よいイメージが人から人へと連鎖していきます。企業イメージが高まれば、ブランド化してファンが増えていく。経営が安定すると「年輪経営」ができるようになります。これは、木の年輪のように、急成長しなくていいけれども、毎年少しずつ業績を伸ばしていこうというものです。緩やかに充実していけるのが理想の企業像だと思います。
 このような経営の考え方は、実は二宮尊徳の教えなど古典的なものが基本になっています。「幸せ」の追求はいつの時代も変わらないものです。惜しまれて死ぬような人生を送る。それが経営の根幹であり、社是ひとつにも表れるものなのです。